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こ ど も は こ ど も ら し く

小学校。

こどもは風を感じて、外で泥んこまみれになって、
大きくあくびして、喧嘩して、叱られて、仲直りして、

夕焼け小焼けに赤とんぼを追いかけて

そうして自由に おおきく感じて
むくむく すくすくと 育っていってほしいと思う。


最近、ある小学校に導入されたロボットの転校生、
ロボットとの学校生活に違和感を覚えてしまう。

特に、小学生という、その子の基盤ができるすごく重要な時期。

もっと、生身の感情や自然の雄大さ、生きるものの逞しさや儚さ、
きれい、かなしい、たのしい、くやしい、うれしい、、、

もっともっと おおきく繊細な部分、
綿密な機械に捉われず、縮こまらず、
ひろく、おおきく、感じて、育っていってほしいと願う。


『 こどもは こどもらしく 』


わたしが古風なのかもしれないけれど
物心つく大切な時期に
生きるものの命を、ロボットのON OFFとの同化を示唆するようなことは
できるだけしてほしくない。

たとえばある期間、一緒に過ごしたものが ロボットであれ鉛筆であれ、
愛着がわくのは当然のこと。
別れるのが寂しい、悲しいと感じるのは、その子の純粋な心の部分であって、
それはすごくいいことだと思う。

だけと、一番コワイのは、ロボットにも心はあるんだと、どこかで思ってしまうこと。

それは綿密にプログラミングされた回路が
心と称して活躍して蓄積していってるだけで、
本来 命をもったもののそれと同じにしてはいけない。

そう言ってるわたしでさえ、ある期間 ロボットと過ごせば、
そのロボットとの別れや、処分、燃やされる、などとなっとき、
共に過ごした日々の映写機が、理性を邪魔する。

「 かわいそう、燃やさんといて、痛がってる、(/_;) 」
って泣きじゃくって後々の人生に影響すると思う。

だからこそ、いろんなものが身につく ちいさい子たちにこそ、
それを与えてはいけないと思う。


あたたかい生身の鼓動の息吹を、生きるもののぬくもりを、心あるものの痛みを、
からだ全身で感じて生きてほしい。



少なくとも、わたしはそうして育てられました。

「ゲームオーバーの 簡単にやり直せる命と、
人の命を 同じライン上に感じてはいけないから」 と、

「殺す」 「生き返らせる」 「命を増やす」
そういった言葉を 日常に使うようになってほしくないからと、

ちいさい頃、ゲーム類やバーチャルの世界と繋がる通信機器を
持たせてはもらえませんでした。



命あるものの人生に セーブ機能はなく、
だからこそ真剣で、だからこそ必死で、だからこそ美しい。

だけど、ひとつ、安心していいのは、
消しゴムも修正ペンもないけれど、
真っさらの次のページにいくことはできるということ。
また新たな一歩をきって書き始めればいい。

そうして、ひとつの人生を終えるまで、ひとつのノートでいこう。
隠蔽はよくない、事実は事実。
正当化は嫌い、だけど浄化はできる。


わたしは生まれもって、感受性が豊かすぎたのか、
灰色の世界、ドロドロした渦巻きを見ると、精神がすぐやられてしまいます。

だけど、見過ごしてはいけない世界も、たくさんあります。


そんな世界に足を踏み入れる前に、
基盤が育つ時期だけでも、風をおおきくひろく感じて、生きていってほしい。




わたしが古風なだけなのかもしれないけど、切にそう願う。






 H A P P I N E S S   T O   Y O U .



02:36 ふと考えた。 comments(0)
「向き合う」「伝える」「支え合う」

 見てください。

かわいくないですか??

何カ月か前、合わせで大学へ向かった際の

ラウンジで友達と和んでたときの一枠です。



ハナワくんみたいですね。笑



その友達の発表会で伴奏をさせてもらったのですが、

そのとき お昼にお弁当をご馳走していただいて

ちょっとサプライズしたくなったわたしは

友達のお母さんが楽屋を出ている隙に

メッセージをちょこんと残して去りました。



嘘です。去ってません。

ドレスに着替えてました。笑




またまたお久しぶりです。

まいごろぅです。

きょうはとても暑かったです。

みなさん、熱中症には気をつけてくださいね☆



さて、きょうの本題に入りましょう。

わたしの家の壁に、文章が書かれた一枚の紙が貼ってありました。

わたしは見つめていました。

その中で目に留まった言葉があります。

「向き合う」 「伝える」 「支え合う」

大切なことですね。。

「あなたと向き合い、あなたと正しい教えを伝えあい、あなたと共に支え合う」

とも書かれていました。

身に沁みるようでした。。


社会でいう、報連相のようなものでしょうか。

それも最近言われたのですが、

「報告」 「連絡」 「相談」

大切ですね。

わたしは通称 「ほうれん草」 と変換していますが。

すこし健康に良さそうですね☆

なんだか愛着が湧いてきます。



そんな ろごもぽrit.ですが、(え、

名刺のデザインが 固まってきています。

フシギ(譜思樹)の木から 音符が流れ出しているような。

想いや感情のひとつひとつの実が ホタルの光のように

あわく そしてかろやかに 飛びだして舞っているような

影絵のようなフシギさと独特な雰囲気のあるような

地に立っているのに どこか浮いているような。

そんな名刺に なりそうです。


なんて、良く書きすぎたので

実際見ると ありゃりゃ? ってなるかもしれませんが (笑)

それが、ろごもぽクオリティです。´ω `☆


たよりなさそうで たよりになるのです。

レオ八先生と、よく似ていますね☆ 笑

わたしは通称 「ばかれお」 と呼んでいますが。

そんなわたしは 金魚のフンみたいですが。



まだまだ走りだしたばかりで、よちよち歩きですが、

いつしか、たくさんの人の心の樹に、

色とりどりで 形豊かな、たっくさんの感情の実が、生りますように。

そうして、わたしたちも。




たくさんの人に、しあわせを プレゼントできるように。




ろごもぽrit. を よろしく´ω `☆







00:58 ふと考えた。 comments(0)
【機曄抬供曄抬掘

機瓧院Δ錣燭掘Π

供瓧押Δ佞燭蝓Δ佞燭弔琉Δひっついてひとつに

掘瓧魁Δ気鵑砲鵝Δ佞燭弔琉Δ砲茲蠅發Π譴弔琉Δ魄蕕討


【機朧貎佑里錣燭靴琉Δ蓮
【供枡鷽佑琉Δ砲茲辰董確かな柱となり、
支え合う心は立つ事を少し楽にし、補強する。

【掘杙匐,生まれても柱の高さに優劣はなく、
子は親によって育ち、親は子によって育つ。
いつも同じ目線で。隣り合わせ。向き合う事の大切さ。

子の過ちは親の過ち、夫の失敗は私の失敗。
共に苦しみ、共に笑い、共に学ぶ。

楽しいだけなら友達や恋人でいいけれど、
結婚はそんなに簡単で曖昧なものではいけない。
苦楽を共にしたいと心からお互いが思えなければ結婚してはならない。
なんせ人生を共にするのだから。
そこが恋人と夫婦のちがい。

どんな苦しみも分かち合い 二人で乗り越えると。
そして良い事も悪い事も、カッコ悪い部分でさえも、自分をさらけ出せる相手であること。
そしてそれを受け止めてくれる相手であること。

そうしてわたしのお母さんとお父さん、おじいちゃんとおばあちゃんも、色んなこと、乗り越えてきました。

結婚は人生の勉強であり、潤滑油でもあり、成長を糧とするもの。
支え合う大切さ、相手への理解や配慮、育つ心と育てる心。

子は親を見て育ち、親は子に触れて育つ。

もちつもたれつ。

生きていく上でも三人寄れば文殊の知恵。




ひとつの気集まって、ふたつの兇法△修靴討澆辰弔劉靴法

ひとつの愛が引き寄せあって、ふたつめの愛を学び、みっつめの愛を学ぶ。

ふたつの気重なって、IIから更に強い兇涼譴箸覆蝓固い絆の靴涼譴砲覆襦




家族、それはかけがえのない宝物。

見えない絆の宝物。



愛、それは普遍的な中で、不変的でありながら流動的でもある。

不確かな中に確かがあり、
素朴なところに本当がある。


生きること、
愛を探し求めること。
愛に出逢うこと。
愛を育てること。


見えるところには、
1+1=2しかない。

見えないところに、
1+1=7がある。
1+1=100がある。




そんなこと、一人、ベットの中で携帯片手に巡らせていた今日この頃。

携帯の画面とにらめっこしながら、睡魔はまだやってこない。


ひとり、ふたり、さんにん、

あたたかな場所、

ぬくもり。


支え合う“人”という文字。


わたし、







愛。



05:30 ふと考えた。 comments(2)
ゴキブリ日記。

ゴキブリについてすこしだけ考えてみた。

なんのなんの、くだらない話。


なんで ゴキブリはあんなに恐がられるんだろう?

なんで ゴキブリはあんなに恐いんだろう?


もちろん、わたしもゴキブリ恐いし苦手です。

出てきたら、悲鳴 あげます。


でも、人間よりはるかにはるかに小さなゴキブリが、

なんで こんなにも恐いのだろう?


あきらかにゴキブリの方が

わたしたちがゴキブリを恐がる何倍も 恐怖を感じているであろうこと。

人間こわい〜!って、殺虫剤こわい〜!って思いながら

逃げ走っているであろうこと。


噛むわけでもないし、

ましてや 毒をもっているわけでもない。

ただ、そこにいるだけ。

そこを走っているだけ。

なのに 無条件に恐い。


へんなの〜〜〜。

ゴキブリさん、ごめんね。 (-ω-)w

でも、やっぱり苦手です。



03:45 ふと考えた。 comments(4)
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